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しゅみのいでん
趣味の遺伝
線上閱讀夏目 漱石《趣味の遺伝(しゅみのいでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 38,235 字 · 77 頁
これは怪しい。少し変だが追懸けて名前だけでも聞いて見ようか、それも妙だ。いっその事黙って後を付けて行く先を見届けようか、それではまるで探偵だ。そんな下等な事はしたくない。どうしたら善かろうと墓の前で考えた。浩さんは去年の十一月塹壕に飛び込んだぎり、今日まで上がって来ない。河上家代々の墓を杖で敲いても、手で揺り動かしても浩さんはやはり塹壕の底に寝ているだろう。こんな美人が、こんな美しい花を提げて御詣りに来るのも知らずに寝ているだろう。だから浩さんはあの女の素性も名前も聞く必要もあるまい。浩さんが聞く必要もないものを余が探究する必要はなおさらない。いやこれはいかぬ。こう云う論理ではあの女の身元を調べてはならんと云う事になる。しかしそれは間違っている。なぜ? なぜは追って考えてから説明するとして、ただ今の場合是非共聞き糺さなくてはならん。何でも蚊でも聞かないと気が済まん。いきなり石段を一股に飛び下りて化銀杏の落葉を蹴散らして寂光院の門を出て先ず左の方を見た。いない。右を向いた。右にも見えない。足早に四つ角まで来て目の届く限り東西南北を見渡した。やはり見えない。