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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

線上閱讀林 不忘《釘抜藤吉捕物覚書(くぎぬきとうきちとりものおぼえがき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,251 字 · 39 頁

青空文庫

さっき申し上げた化粧部屋の、また彼方なんで。」

「そうか。道理で、ちっとも姿を見せねえと思った。武右衛門も、そこへ帰ろうとしてここを通っていたんだな。」

と藤吉が眼を返すと、銀兵衛がつづけて言った。

「すこしも存じませんでございました。旦那が廻って来て、誰も出しちゃあいけねえというんで、初めて知りましたようなわけで――。」

「おめえは裏口を離れずにいたんだな。」

「へえ。芸人衆のお履物を預かっておりやすんで。」

「この廊下を通って、誰か出て行った者があったろう、なあ爺つぁん。」

銀兵衛は、きょとんとして、首を振った。

「いいえ裏ぐちは一つですが、どなたも。」

五

ふふんと藤吉は、小鼻をふくらませて黙りこんだが、すぐ顔を上げて、銀兵衛に、向うへ行けという合図をした。

「ほんとに誰も、出て行った者はごぜえません。あっしは、裏ぐちにすわりっきりで、円枝さんの下駄の鼻緒が切れたんで立ててあげておりましたが――。」

楽屋番の銀兵衛がもう一度そう繰り返したが、藤吉は、聞いていそうもない様子だった。じぶんの胸元を覗き込むようにうつむいて、かれはしきりに爪を噛んでいるのだ。