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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
線上閱讀風巻 景次郎《中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 115,977 字 · 230 頁
ではない。夏は「四方の木立のしげしげとして、涼しき様」には見えぬが、さりとて幽玄でもない。ところが秋はすべて「淋しく悲しからぬ」題があろうや。また「冬は虫の音も草の色も枯れはてて、露こほり霜むすびて、冬ごもりたる様」が「淋しからずといふ事」はない。かく為世は四季それぞれの感じを一定不変のものと見て「唯四季の歌こそ大事に侍るべし」と断定するのである。こうしたところでは、もう有名な後鳥羽院の御製の、
見渡せば山もとかすむ水無瀬川夕は秋となに思ひけむ
に見られるような、あたらしい情緒の世界の設立は禁断であらねばならぬ。もとより院の御製はやはり『枕草紙』に警抜な調子で「春は曙」といい、「秋は夕暮れ」と決められた、あの王朝四百年の感覚に対する抗議に新しい「詩」の湧き出る地盤をもとめられたものであるが、為世にはこの気力は毛頭ないばかりでなく、むしろそれは歌道に対する異端ですらあると見た。それは、為兼が「詩」の地盤を生きた感性にもとめた故に、彼の手になった『玉葉集』を罵詈したのでも分るのである。けれど諸君もすでに察しられたであろうように、そのように歌の形式だけでなく、詩的内容までが限定されるとなれば、作歌は殆ど会席の作法のごときものとなってしまうであろう。