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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
線上閱讀風巻 景次郎《中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 115,977 字 · 230 頁
それらの関係で、歌人連歌師茶人など、この両地には沢山出たのであって、その地の出身者に伝授が流れて行ったのは尤もな次第であった。
一方、宗祇が歿した後、永正、大永から享禄・天文にかけての約三十数年に、猪苗代兼載・後柏原天皇・冷泉政為・牡丹花肖柏・宗長・三条西実隆が和歌連歌の世界を圧えていたが、まず政為大永三年に七十九を以て去り、ついで六年後柏原天皇が宝算六十三を以て崩御になり、最後に天文六年実隆が八十三を以て薨じた。後柏原天皇の御集を『柏玉集』、冷泉政為の家集を『碧玉集』、三条西実隆の家集を『雪玉集』といって、併せて三玉集といい、室町末期の代表的歌集であるが、歌風は政為に自ずと冷泉流らしさがあるほか、温雅の体で、とり立てていうほどのことはない。もうそのころには、ポルトガルの黒船は、日本の近海にその姿を現わしつつあったのである。そして、和歌の伝統もまた、文芸としての意味をまさに失いはてようとしておった。それが新しく生命を吹き込まれるには、近世のひらけ来るのが必要であった。そして、実隆が世を去っておよそ三十年、織田信長はすでに足利将軍を追って、京都に君臨しておったのである。