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ぶっきょうじんせいとくほん
仏教人生読本
岡本 かの子
線上閱讀岡本 かの子《仏教人生読本(ぶっきょうじんせいとくほん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 124,886 字 · 246 頁
蕭条たる秋風に鎗を立てて微笑む鹿之助の顔が眼に泛ぶのであります。
「男が話が判ってくるのは一度首の座に直ってからだ」。私の母は、その父の郷士で儒者であった人が、しじゅうこう口癖に言っていたということを、よく幼時の私に話して聞かせました。その郷士は横浜開港などにも関係し、相当、危険な幕を潜った体験を持った人だそうです。
「首の座に直る」ということは悲観の極を一度味わったことのある人ということでありましょう。それを通り越して来たものは人力の如何ともすべからざること、人力以上のもののあること、それらを体験的に弁えた人であるが故に、我執も除かれ、万事、実相に明らかな眼で誰人とも応酬出来る。そこを「話が判る」と言ったのでしょう。私は当時幼くもあり、また女のことでもあり、何を母がいうかとぐらいにしか思っていませんでしたが、この頃はときどき昔の人はうまい表現をしたものだと思い出すことがあります。
悲観を突き詰めて行かなければならない事件やら境遇やらには誰しも出会いたくありません。けれども、退引ならざるを得ない場合が、絶対に来ないとは誰しも断言出来ません。しかし、その場合にも、誰の心にも弾機仕掛けがあって、どうやら人生を見直さしてくれるということは、たしかに信じ得られる事実です。