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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

線上閱讀喜田 貞吉《先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選(「やまとみんぞく」とはなんぞや)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 頁

青空文庫

我が国では屍体を鄭重に扱って、これを墓に蔵めるの風習のあった事は言うまでもない。しかしながらそれは貴顕豪富の間のみの事であって、一般庶民の間にあっては、殆ど委棄ともいうべき程の手軽な手段を以て、これが始末をつけた事は平安朝頃に至っても頻りに行われていた。孝徳天皇大化の制にも、民亡する時は地に収め埋むと云い、大宝令には或る一定の資格を有するもの以外は墓を営むをえずともあって、その処置極めて簡単なものであった。

右は手軽く埋葬せよとの規定であるが、同時に焼屍とか洗骨とかいう事も行われたらしい。

故意に屍体を始末するの目的を以てでなくとも、事実上屍体を焼くという事は、太古以来行われていたに相違ない。天孫瓊々杵尊の妃木花開耶姫は、無戸の産室に籠って火を放って自ら焼かれたとある。幸いにその四柱の御子達は、火中から飛び出されたと伝えているが、御母君の末路は不明である。或いはその産屋の中で、後世所謂火定の終を遂げられたのであったかもしれない。垂仁天皇の皇后狭穂姫は、兄狭穂彦とともに稲城の中で焼死された。無論屍体も焼けてしまった事であったであろう。日本武尊も危うく駿河の焼津の野火で、屍体をまでも焼かれ給うべきところであった。