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ふたたび「かがくのれきしてきしゃかいてきせいやく」について

再び「科学の歴史的社会的制約」に就いて

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《再び「科学の歴史的社会的制約」に就いて(ふたたび「かがくのれきしてきしゃかいてきせいやく」について)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 6,895 字 · 14 頁

青空文庫

社会の内に「入り込んでいる」が、かかる動物としての、人間の一面としての、人間が、「自然物として生きる人間」という言葉の意味に相違ない。そこで動物としての、人間の一面としての、人間が行う実践とは、恐らく行動を意味するのであろう。併しながら私は恰も「論理の政治的性格」に於て、実践の概念が決して単に行動の概念に止ってはならないと云った筈である。実践とは政治的なるものをも意味しなければ完全な概念とはならないと私は其処で云った。実践のこの政治的形態は恐らく、人間としての「動物としての」に対して、人間のもう一つの一面としての、人間が行う処と云うべきであろう。人間が実践的なるものとして把握されるとは、一面に於て単なる行動の主体としてであるが、併し、それがやがて一続きに、政治的行動の主体として、その両面の連続に於て把握される、ということである。であるから社会科学は「自然の裡に自然物として生きる人間」を対象とするには違いないが、もしこのことが充分な意味で「人間の実践を対象とする」ことを意味するならば、社会科学に於ける人間は、「動物」であると共に又同時に特に人間であるものとして、取り扱われねばならぬわけである。