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あきかぜとはは
尾崎士郎短篇集
尾崎 士郎
線上閱讀尾崎 士郎《尾崎士郎短篇集(あきかぜとはは)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 108,032 字 · 216 頁
た。わたしは何ものをも見ることが出来なかった。両側にならんだ家々の軒下には町の人たちの顔が集っていたが、わたしの耳には唯、彼等のさざめき合う声が罵るように聞えてきたばかりであった。ときどき白い砂埃りの中に、前にゆく嫂の横顔が閃いた。彼女は始終うつむいていた。その蒼褪めた頬の色だけがわたしの放心の中をすべっていった。
一時間の後、兄の屍骸は火葬場の竈の中に投げ込まれた。空に突き出した三角形の煉瓦造りの煙突からはすぐに煙がのぼり、空高く消えていった、がわたしの心には少しの悲しみさえもなかった。
兄よ。一ト月以内に財産を処分せよと言ったあなたの手紙の中の言葉が、どんなに強くわたしの胸の中に呼吸していたことか。しかし、わたしは、あなたの用意周到な遺言をすらも果すことが出来なかった。何故なら、その日の日暮れがたであった。家の表口から一人の男が入ってきたのだ。白いリンネルの詰襟服を着た五十恰好の老人であった。彼は眼鏡越しにじろりとわたしの顔を見上げた。そして、非常にゆったりとした声で、
「執達吏です。裁判所から来たんですがお母さんは居られますか?」
と言ったのであった。