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おんしゅうのかなたに
恩讐の彼方に
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,824 字 · 46 頁
お弓は、台所から引っ返してきて、その金を見ると、
「そんな端金が、どうなるものかね」と、いいながら、今度は自分で、やけに引出しを引掻き回した。しまいには鎧櫃の中まで探したが、小判は一枚も出てきはしなかった。
「名うての始末屋だから、瓶にでも入れて、土の中へでも埋めてあるのかも知れない」そう忌々しそうにいい切ると、金目のありそうな衣類や、印籠を、手早く風呂敷包にした。
こうして、この姦夫姦婦が、浅草田原町の旗本、中川三郎兵衛の家を出たのは、安永三年の秋の初めであった。後には、当年三歳になる三郎兵衛の一子実之助が、父の非業の死も知らず、乳母の懐ろにすやすや眠っているばかりであった。
二
市九郎とお弓は、江戸を逐電してから、東海道はわざと避けて、人目を忍びながら、東山道を上方へと志した。市九郎は、主殺しの罪から、絶えず良心の苛責を受けていた。が、けんぺき茶屋の女中上がりの、莫連者のお弓は、市九郎が少しでも沈んだ様子を見せると、
「どうせ凶状持ちになったからには、いくらくよくよしてもしようがないじゃないか。度胸を据えて世の中を面白く暮すのが上分別さ」