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おうぎの

扇野

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《扇野(おうぎの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 頁

青空文庫

「驚いたね、餅が入ってるじゃないか」

「おなかに溜まる物をあがらなければいけないと思って、お祝いの貰いもので失礼だけれど持って来たのよ」

「六月の雑煮とは、生れて初めてだよ」

「あらそうかしら、こっちでは祝い事があればいつでもしますよ、――おいしいでしょ」

「うまいね」

酒で荒れている舌に、柔らかいきめのこまかな餅はうまかった。まだ午まえであったが、海が近いからだろう、鯛のあらいに、冷やしたちり鍋という肴で飲みだした。おつるは栄三郎の飲んだり喰べたりするようすを、さも楽しそうに眺めていたが、やがて恥ずかしそうに笑いながら、膳の上の盃を取った。

「だめだ」と男のように云った、「あたしも頂きます、とても衒れくさくって素面ではいられないわ」

「明るすぎるからだ」栄三郎も酌をしてやりながらにが笑いをした、「こう明るくってはまがもたない、眼のやり場がないよ」

「でも楽しいわ、初めてだわ」

独り言のように云って、盃を口へもってゆきながら、「ねえ」というふうに、情をこめた眼で彼を見た。栄三郎はその眼に頷いたが、まるで苦痛を感じたかのように眉をしかめた。

それから午後三時ころまで、二人はすっかり時間をもてあました。