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おうぎの

扇野

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《扇野(おうぎの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 頁

青空文庫

「貴女にはお世話になった、おけいさん」と彼は盃をさし出した、「お別れに一つ受けてくれないか」

おけいは首を振った。

「いいえ」とおけいは云った、「それはあたしは頂けません、その盃を受取る人はほかにいますわ」

「おけいさんは受けてくれないんだな」

「先生は御存じないのよ」おけいは静かに云った、「その盃はおつるさんにあげなければいけませんわ」

栄三郎は、どきっとして眼をそばめた。

「競作がやめになったのはおつるさんのためですわ」とおけいは続けた、「あの人が孝之介さまの云うことをきいて、落籍されることを承知したために中止になったんですわ」

「おつるが石川に」と栄三郎は声をあげた、「石川孝之介に、――おつるが落籍されるって」

「絵をお描きになるくらいだから、もっと気もよくおまわりになると思ったのに、先生は案外ぼんやりなところがおありになるんですのね」

「話してくれ、――それはいったいどういうことなんだ」

「あの孝之介は、――呼びすてでいいわあんな人、――あの人はまえからおつるさんが好きで」とおけいは云った、「自分は奥さんがあるのに、お妾になれっていつもしつこく口説いていたんです、おつるさんはてんで相手にならなかったんですけれど、先生といっしょに樋の山へいったとき、孝之介の取巻の侍たちがみつけて告げ口をしたんでしょう」