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かにのかい

日本の怪談(二)

田中 貢太郎

線上閱讀田中 貢太郎《日本の怪談(二)(かにのかい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 80,664 字 · 171 頁

青空文庫

山姑の怪

甚九郎は店に坐っていた。この麹町の裏店に住む独身者は、近郷近在へ出て小間物の行商をやるのが本職で、疲労れた時とか天気の悪い日とかでないと店の戸は開けなかった。

それは春の夕方であった。別に客もないので甚九郎は煙管をくわえたなりで、うとうととしていると何か重くるしい物音がした。店の上框へ腰をかけた壮い女の黒い髪と背が見えた。甚九郎は何も云わずに店頭に坐り込んだ女の横顔を眼を円くして見詰めた。女は前屈みになって隻手を額にやっていた。途を歩いているうちに急に気分でも悪くなったために、挨拶する間もなく入り込んだものであろうと思って、旅で苦しんだ経験のある彼は女を驚かさないように黙っていた。

女は小半時ばかりしても動かなかった。甚九郎はもしや女の病気がひどいのではないか、病気がひどいとなればこのままにして置かれないと思った。

「もし、もし、どうかなされたのか」

と云うと、女はやっと顔をあげて、ちらと甚九郎の方を見ながら、

「眼まいがして、倒れそうになりましたから、お断りもせずに店頭を拝借しましたが、この上のお願いには、今晩一晩どうか泊めていただけますまいか」