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うつりが

日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江

近松 秋江

線上閱讀近松 秋江《日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江(うつりが)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 152,306 字 · 300 頁

青空文庫

名誉も財宝もいらぬ、ただ、あの、漆のように真黒い、大きな沈んだ瞳、おとなしそうな顔、白沙青松のごとき、ばらりとした眉毛、ふっくりと張った鬢の毛、すらりとした容姿。あらゆる、自分の心を引き着ける、そんな美しい部分を綜合的に持っている生き物を自分の所有にしてしまわなければ、身も世もありはせぬ。随分身体を悪くするまでそんなに思いつめてこの数年を、まるで熱病にでも罹っているごとき状態で過ぎて来たのであった。

それゆえ私が、美しい自然や古い美術の宝庫である大和の方の晩春の中に入って行ったのは、ちょうどウェルテルが悲しく傷んだ心を美しい自然の懐に抱かれて慰めようとしたと同じようなものであった。

そして一と月近く大和の方の小旅行をして再び京都に戻って来た時にはもう古都の自然もすっかり初夏になっていた。悩ましい日の色は、思い疲れた私の眼や肉体を一層懊悩せしめた。奈良からも吉野からも到るところから絵葉書などを書いて送っておいた。女から何とか言って来るだろうと思っていたが、依然として知らん顔をして何のたよりもしてよこさなかった。とうとうまた根負けしてこちらから出かけて行ってしかたなく普通の習慣に従ってある家から自分とはいわずに知らすると、女はちょうど折よく内にいたと思われて早速やって来た。