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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《日本合戦譚(あねがわのかっせん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 頁

青空文庫

真田幸村

真田対徳川

真田対徳川

真田幸村の名前は、色々説あり、兄の信幸は「我弟実名は武田信玄の舎弟典厩と同じ名にて字も同じ」と云っているから信繁と云ったことは、確である。

『真田家古老物語』の著者桃井友直は「按ずるに初は、信繁と称し、中頃幸重、後に信賀と称せられしものなり」と云っている。

大阪陣前後には、幸村と云ったのだと思うが、『常山紀談』の著者などは、信仍と書いている。これで見ると、徳川時代には信仍で通ったのかも知れない。しかし、とにかく幸村と云う名前が、徳川時代の大衆文学者に採用されたため、この名前が圧倒的に有名になったのだろう。

むかし、姓名判断などは、なかったのであるが、幸村ほど智才秀れしものは時に際し事に触れて、いろいろ名前を替えたのだろう。

真田は、信濃の名族海野小太郎の末胤で、相当な名族で、祖父の幸隆の時武田に仕えたが、この幸隆が反間を用いるに妙を得た智将である。真田三代記と云うが、この幸隆と幸村の子の大助を加えて、四代記にしてもいい位である。

一体真田幸村が、豊臣家恩顧の武士と云うべきでもないのに、何故秀頼のために華々しき戦死を遂げたかと云うのに、恐らく父の昌幸以来、徳川家といろいろ意地が重っているのである。