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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《日本合戦譚(あねがわのかっせん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 頁

青空文庫

川中島合戦

川中島に於ける上杉謙信、武田信玄の一騎討は、誰もよく知って居るところであるが、其合戦の模様については、知る人は甚だ少い。琵琶歌等でも「天文二十三年秋の半ばの頃とかや」と歌ってあるが、之は間違いである。

甲越二将が、手切れとなったのは、天文二十二年で、爾来二十六年間の交戦状態に於て、川中島に於ける交戦は数回あったが、其の主なるものは、弘治元年七月十九日犀川河畔の戦闘と永禄四年九月十日の川中島合戦との二回だけである。他は云うに足りない。此の九月十日の合戦こそ甲越戦記のクライマックスで、謙信が小豆長光の銘刀をふりかぶって、信玄にきりつくること九回にわたったと言われている。

武田信玄も、上杉謙信も、その軍隊の編制に於て、統率に於て、団体戦法に於て、用兵に於て、戦国の群雄をはるかに凌駕して居り、つまり我国に於ける戦術の開祖と云うべきものである。

その二人が、川中島に於て、竜虎の大激戦をやったのであるから、戦国時代に於ける大小幾多の合戦中での精華と云ってもよいのである。

武田の家は、源義家の弟新羅三郎義光の後で、第十六代信虎の子が信玄である。幼名勝千代、天文五年十六歳で将軍足利義晴より諱字を賜り、晴信と称した。