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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《日本合戦譚(あねがわのかっせん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 頁
は居る。長政と共に退却した者も三千余人は候うべし。其の上兵糧、玉薬は、年来貯えて乏しからず、半年や一年は持ちこらえ申すべし」と答えた。
この安養寺の答で、秀吉が小谷城進撃を進言したにも拘わらず、一先ず軍を返した。その後、浅井は尚三年の久しきを保つ事が出来た。或書に、此の時、秀吉の策を用い、直ちに小谷を攻撃したならば、小谷は一日も支える事が出来なかったのに、安養寺が舌頭に於て信長に疑惑の思いを起したのは、忠節比類無しと褒めてある。
信長は、安養寺が重ねて「首をはねよ」と云うをきかず自分に従えよとすすめたが聴かないので、「然らば立ち帰りて、浅井に忠節を尽せよ」とて、小谷へ帰した。忍人信長としては大出来である。
浅井勢は総敗軍になって小谷城へ引上げたが、磯野丹羽守は、木下秀吉、美濃三人衆等に囲まれて散々に戦い、手勢僅か五百騎に討ちなされながら、織田軍の中を馳け破って、居城、佐和山へ引上げた。稲葉一徹の兵、逐わんとしたが、斎藤内蔵助、「磯野の今日のふるまいは、凡人に非ず、追うとも易く討ち取るべきに非ず」とて逐わしめなかった。
此の戦いは、元亀元年六月二十八日だから、未だ真夏と云ってもよい位だから、勝った信長の軍勢も、暑さで、へとへとに疲れていただろうし、すぐ手数のかかる攻囲戦に従う事は信長にしても考えたのだろう