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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

甲斐は答えなかった。

「お酔いあそばすと、いつもあのとおりでございます、なにか手だてはないのでしょうか」

「さて――」と甲斐は眼をあげた、「私もおいとまをいただくとしましょう」

「原田さま」と藤井がふるえ声で云った、「あなたは、いまのごようすを、おいたわしいとは、お思いにならないのですか、なんとか手だてはないのですか」

「なにをです」

「殿さまを御本邸へお迎えするということです、このまま御隠居おさせ申すのは、あんまりおいたわしすぎます、なんとかお咎めを解く手だてはないのですか」

「私は評定役にすぎない」と甲斐は穏やかに云った、「そういうことには不案内でもあり、また口を出す立場でもありません」

「ああ、原田さま」

「これでおいとまをいただきます」

そして彼は立ちあがった。

駕籠に乗ってから、甲斐はふところ紙を出し、それで眼を押えた。駕籠が下屋敷の門を出て、すっかり黄昏れた街を、四五町ばかりゆくあいだ、懐紙で眼を押えたまま、彼はじっと息をひそめていた。

その月の末に、船岡で留守をしている家老の、片倉隼人から手紙が届いた。

――案じられた秋の収穫が思ったよりよく、年貢米もそろそろ集まりだしている。