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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

「烏帽子親は、松山のお祖父さまにお願いするのだと、仰しゃっておられました」

松山の祖父とは茂庭佐月のことで、母親の律が佐月の女であり、采女は佐月の外孫に当っていた。

甲斐は黙って聞きながした。松原十右衛門は、さらに農地のもようを語ったが、夏のはじめに低い気温が続いたので、米も麦も減収はまぬかれまい、という口ぶりであった。

「減収くらいで済みそうか」と甲斐は云った。かくべつ苦にしているふうはみせなかったが、十右衛門には主人がどんな気持でいるかわかった。

「少なくとも二割、これからの天候によっては、三割を越すかもしれぬということです」

「では今年もまた、館の修理は延期だな」と甲斐は云った。

岡本も松原も、綱宗逼塞による藩家の興廃が知りたいらしい、それとなく、遠まわしに触れてみたりしたが、甲斐はなにも云わなかった。

女たちが芝居から帰ったのは、日が昏れてからであったが、そのまえ、ちょうど部屋に灯をいれているとき、銀座の鳩古堂から、手代の助二郎が筆を届けて来た。

鳩古堂は唐物商で、明国と取引があり、書籍や紙、筆、墨、硯などを扱っていた。あるじは仁左衛といい、伊達家の御用もつとめていたし、甲斐とはまえから、親しいつきあいがあった。