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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
線上閱讀中里 介山《法然行伝(ほうねんぎょうでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 66,110 字 · 131 頁
二十八
四日の後夜に沐浴して漸くまたまた臨終の用意をする。遠近の人集まること、また集まること、市の立った様である。やがて巳の刻になると、かねて法然から賜わった弥陀来迎の三尊化仏菩薩の形像を一軸にした秘蔵の品を掛け、その前へ端座合掌し、高声念仏甚だ盛んで、やがてこんどは相違なく、その念仏の声が止まると一緒に息が止まったが、その時口から五六寸ばかりの光が出て紫の雲がたなびき、「音楽」が聞え、さまざまの奇瑞があって五日の卯の時まで続き、翌日入棺の時もさまざま霊異があって、成程これならば上品上生の往生疑いなかろうと皆がいった。
二十八
武蔵国の御家人、津戸三郎為守は、生年十八歳の時、治承四年八月に頼朝石橋山の合戦の時、武蔵の国から走せまいり、安房の国へも従い、その後所々の合戦に名を挙げたが、建久六年二月、東大寺供養の為に頼朝が上洛の時、為守は、三十三歳でお伴をして行ったが、三月四日に京都に着き、その月の二十一日に法然の庵堂へ参って、合戦度々の罪を懺悔し、念仏往生の道を聴いてから法然の信者となり、本国に下ってからも念仏の行、怠りなかったが、或人が、
「熊谷入道や、津戸三郎は無学無智の坂東の荒武者で、他の学問や修行を教えたって仕方がないと見たから、そこで法然様が念仏ばかりでいいと仰言ったのだ。