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わたしのりれきしょ
浅沼稲次郎 私の履歴書ほか
浅沼 稲次郎
線上閱讀浅沼 稲次郎《浅沼稲次郎 私の履歴書ほか(わたしのりれきしょ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 46,264 字 · 91 頁
七、戦前の選挙戦
七、戦前の選挙戦
私の衆議院議員当選回数は昭和十一年に初めて当選して以来八回になった。社会党では西尾末広、水谷長三郎の両氏の十回に続き、私と片山氏が八回で古い方に数えられる。衆議院は十回立候補して二回落選、東京市会議員は四回立候補して二回当選、都会議員当選一回というわけで、立候補十五回の当選十回は必ずしも悪い率ではないと思っている。とくに戦後の選挙は安定性があったが、かけ出し時代の選挙はらくではなかった。
普選第一回の総選挙(昭和三年一月二十一日)は私は年が足りないので立候補できないので、群馬県第一区から立った須永好君の応援に出かけた。当時の無産党候補者の演説会には必ず警官が臨席して候補者が政府を攻撃し、社会主義を説くと「弁士中止」を命じ、聞かなければ検束となり、ついで大乱闘となったものだった。また一般の人も無産党候補の演説会とあれば、乱闘みたさに押寄せたもので「押すな押すなの三十八票」といわれ、実際の票にはならなかった。
昭和四年、日本大衆党から公認をうけて深川区から東京市会議員選挙に出て、初めての選挙をやったが得票数千二百票ばかりで敗れた。
その後昭和五年、当時の東京第四区(本所、深川)からはじめて衆議院議員選挙に打って出たが、これも三千二百票ばかりで惨敗した。