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ゆもとのあき
湯元の秋
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《湯元の秋(ゆもとのあき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 2,549 字 · 6 頁
ただ私の方が、彼等よりいくらか温い肌をしているのみである。
戦場ヶ原の水は多く中禅寺湖の方へ吸い取らるるので、多くの盆地に見るような湿気が少い。そして草は高く伸びて、牛の群れが戯れるによく、羽の美しい甲虫が這い廻るによく、人の寝転ぶによく、鳥が巣くうによい。じっと寝転んでいると、すぐ顔の上を小鳥が空に舞い上って囀っている。
そうして私は秋の澄み切った大気のうちに、草の上に横わって長い間じっとしていた。そして私の血管のうちには古い田野の神の血が流れ、私はもはや人間の兄弟ではなく、凡ての生けるもの、凡ての事物の、兄弟であった。けれど、ふと立ち上って、広い高原の上を見渡したとき、私の眼は何を探し求めたか?
私は牛の群を見た、牛飼の姿を見た、また遠く一軒の茶店の藁屋根を眺めた。そして顧ると、自分の心が震えていた。秋の透徹した大気の中に露わに曝されて転っている自分の心が、震えて居た。何処からともなく冷かな空気が流れて来て、足下の草葉が戦いでいる。
雄大な姿をくっきりと空に峙たしている男体山の峯影から、それとも見えぬ靄が平原の上に流れ寄って来るのであった。それはやがて、西に傾く日脚の後を追って、平原の上に濃く立ち罩めて来るであろう。