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まきのとみたろうじじょでん
牧野富太郎自叙伝
牧野 富太郎
線上閱讀牧野 富太郎《牧野富太郎自叙伝(まきのとみたろうじじょでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 94,045 字 · 185 頁
当時この種の学術雑誌としては既に「東洋学芸雑誌」があったが、「植物学雑誌」が発刊されると、間もなく「動物学雑誌」「人類学雑誌」が相継いで刊行されるようになった。
私は思うに、「植物学雑誌」は武士であり、「動物学雑誌」の方は町人であったと思う。というわけは「植物学雑誌」の方は文章も雅文体で、精練されていたが、「動物学雑誌」の方は文章も幼稚ではるかに下手であった。
当時「植物学雑誌」の編集の方法は、編集幹事が一年で交代する制度だった。堀正太郎君などは、横書を主張し、堀君の編集した一ヵ年だけは雑誌が横書きになっている。
雑誌は各頁、子持線で囲まれ、きちんとしていて気持がよかった。そのうち、何時の間にかこの囲み線は廃止されたが、私は今でも雑誌は囲み線で囲まれているのがよいと思っている。
小石川の植物園には、中井誠太郎という人が事務の長をしていた。この人は笑い声に特徴があった。現在の植物学教室の教授をしている中井猛之進君の父君である。
私は盛んに方々に採集旅行をしたが、日光・秩父・武甲山・筑波山等にはよく出かけた。
自分は植物の知識が殖えるにつけ、日本には植物誌がないから、どうしてもこれを作らねばならんと思い、これが実行に取掛った。