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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

線上閱讀火野 葦平《花と龍(はなとりゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 頁

青空文庫

異様な恐怖の表情が、どの顔にも、満ちていた。誰も彼も、酔いなど醒めはてた顔である。

長屋は、瞬時に、大混乱におちいった。

森新之助が、血相変えて、自分の家の方へ駈けだして行った。跣足になり、緒の切れた下駄は、両手につかんでいる。

井戸端の横を通りさま、

「玉井、その折詰、食べなんな。死ぬぞ」

そう叫んで、走り去った。

戸板に乗せられて、ぐったりとなった助役が、五六人にかつがれて、やって来た。口辺に、ねばねばした黄色い粘液がまつわりつき、三角眼は白くなって、眉がつりあがっている。それでも、まだ、視力はあるとみえて、金五郎をみとめると、

「玉井、……仇を討ってくれ」

と、硬ばった唇で、とぎれとぎれに、呟いた。

「どうしたんです? ボーシン」

「やられた。……毒を盛られた。……大村の奴、喧嘩に負けやがったもんじゃけ、仕出し屋を抱えこんで、弁当に、毒を入れやがったんじゃ。……畜生」

マンは、おどろいた。

「シロ、シロ」

と、狂気のように、叫んだ。

金五郎と話をしている間に、マンの前だれを抜けだした猫が、井桁に置いてあった折詰を、下に引きずり落して、食べている。泥溝に落ちて、腹が減っていたとみえ、蓋をかき破って、イカのサシミ、焼き鯛、カマボコなどは、もう、あらかた、かたづけていた。