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あしはみていた

葦は見ていた

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《葦は見ていた(あしはみていた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 頁

青空文庫

五

彼は松野に無断で、家にある書画やめぼしい道具を売った。

松野は怒った。父の代から仕えていて、温和しい一方の、忠実で勤直な彼が怒った。

――私はお暇を頂きます。

松野はふるえながら云った。計之介は勝手にしろと云った。

――その代りなにも云うな。

松野はなにも云わなかった。松野は意見らしいことはなにも云わずに、妻と二人で出ていった。そして、計之介は一人になった。

「おれが松野にそうしろと云ったのだ」と東次郎が云った、「そうして暫くようすをみるがいいと」

「いまになればわかるが、あのときは頭が狂っていた」と計之介は云った、「よし、それならこっちもゆくところまでいってやれ、どうなるものか、――」

そうして彼は女を自宅へ引取った。

五

二人だけの生活が始まった。

それは激しい消耗の生活であった。男は世間から棄てられた怒りと絶望とを、女と歓楽に溺れることで忘れようとし、女は男をそんな境遇に追いこんだ自責から、もっと深い快楽を男に与えることで償おうとした。たしかに、計之介にはそう思われた。女の飽くことを知らないような求めや、焦燥や、強烈な歓喜と陶酔の表現は、しだいにその度を高め、昂進するばかりであったが、同時に(どんなに狂的な快楽のなかでも)いつも罪の呵責と赦しを乞う涙をともなっていた。