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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

恋の場合には可なり臆病であった藤十郎は、あたかも別人のように、先刻の興奮は、丸きり嘘であったかのように、冷静に、

「お梶どの、ちと待たせられい」と、呼び止めた。

「何ぞ、外に御用があってか」と、お梶は無邪気に、振り返った。剃り落とした眉毛の後が青々と浮んで見える色白の美顔は、絹行燈の灯影を浴びて、ほんのりと艶めかしかった。

「ちと、御意を得たいことがある程に、坐ってたもらぬか」こう云いながら、藤十郎は、心持ち女の方へ膝をすすませた。

お梶は、藤十郎の息込み方に、少し不安を、感じたのであろう。藤十郎には、余り近寄らないで、其処に置いてある絹行燈の蔭に、踞まるように坐った。

「改まって何の用ぞいのうおほほほ」と、何気なく笑いながらも、稍面映ゆげに藤十郎の顔を打ち仰いだ。藤十郎の声音は、今までとは打って変って、低いけれども、然しながら力強い響を持っていた。

「お梶どの。別儀ではござらぬが、この藤十郎は、そなたに二十年来隠していた事がある。それを今宵は是非にも、聴いて貰いたいのじゃ。思い出せば、古いことじゃが、そなたが十六で、われらが二十の秋じゃったが、祇園祭の折に、河原の掛小屋で二人一緒に、連舞を舞うたことを、よもや忘れはしやるまいなあ。