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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

ある恋の話

私の妻の祖母は――と云って、もう三四年前に死んだ人ですが――蔵前の札差で、名字帯刀御免で可なり幅を利かせた山長――略さないで云えば、山城屋長兵衛の一人娘でした。何しろ蔵前の札差で山長と云えば、今で云うと、政府の御用商人で二三百万円の財産を擁しておろうと云う、錚々たる実業家に当る位置ですから、その一人娘の――尤も男の子は二人あったそうです。――祖母が、小さい時からお乳母日傘で大きくなったのは申すまでもありません、祖母の小さい時の、記憶の一つだと云う事ですが、お正月か何かの宮参りに履いた木履は、朱塗の金蒔絵模様に金の鈴の付いたものでしたが、おまけにその木履の胴が刳貫になっていて、祖母が駕籠から下りて木履を履く時には、ちゃんとその中に湯を通して置くと云う、贅沢な仕掛になっているそうであります。

祖母は、やっと娘になったかならないかの十四五の時から、蔵前小町と云うかまびすしい評判を立てられたほどあって、それはそれは美しい娘であったそうです。が、結婚は頗る不幸な結婚でありました。十七の歳に深川木場の前島宗兵衛と云う、天保頃の江戸の分限者の番附では、西の大関に据えられている、千万長者の家へ貰われて行ったのですが、それは今で云う政略結婚で、その頃段々と家運の傾きかけた祖母の家では前宗(前島宗兵衛)に、十万両と云う途方