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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

われらが、そなたを見たのは、あの時が初めてじゃ。宮川町のお梶どのと云えば、いかに美しい若女形でも、足下にも及ぶまいと、兼々人の噂に聴いていたが、そなたの美しさがよもあれ程であろうとは、夢にも思い及ばなかったのじゃ」と、こう云いながら、藤十郎はその大きい眼を半眼に閉じながら、美しかった青春の夢を、うっとりと追うているような眼付をするのであった。

九

「その時からじゃ。そなたを、世にも稀な美しい人じゃと、思い染めたのは」と、藤十郎は、お梶の方へ双膝を進ませながら、必死の色を眸に浮べて、こう云いきった。

藤十郎に呼び止められた時から、ある不安な期待に、胸をとどろかせていたお梶は最初はこの美しい男の口から、自分達の華やかな青春の日の、想出話を聴かされて、魅せられたように、ほのぼのと二つの頬を薄紅に染めていたが、相手の言葉が、急な転回を示してからは、その顔の色は刹那に蒼ざめて、蹲くまっている華奢な身体は、わなわなと戦き始めていた。

藤十郎は、恋をする男とは、どうしても受取れぬ程の、澄んだ冷たい眼付で、顔さえ擡げ得ぬ女を刺し透す程に、鋭く見詰めていながら、声だけには、烈しい熱情に顫えているような響を持たせて、