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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

「その頃まで、自分が美しいと云う噂を聞いても、少しも嬉しいとは思わなかったが、その頃から、自分が美しく生れたことを欣ぶような心になって来たのです。まあ、染之助に近づく唯一つの望みは、自分の容貌だと思ったものですからね」

「ところがね」と、祖母は急に快活らしい声に変ったかと思うと、「染之助の素顔を、一度でもいいから見たい見たいと思っていた願が叶って、外ながら染之助の素顔を見たのですよ。ところが、その素顔を一目見ると、私の三月位続いた恋が、急に醒めてしまったから可笑しいのですよ。その日も、私はたった一人、娘も連れずに守田座へ行った帰り少し遅くなったので、あの馬道の通りを、急いで帰って来たのですよ、すると、擦れ違った町娘が『あら染之助が来るよ』と、云うじゃないか。私は、その声を聞くと、もう胸がどきどきして、自分の足が地を踏んでいるのさえ分らない程に、逆上せてしまったのですよ。それでも、こんな機を外しては、又見る時はないと思ったから、一生懸命な心持で、振返って見ましたよ。ところが、私の直ぐ後に、色の蒼ざめたと云っても、少しどす黒い頬のすぼんだ、皮膚のカラカラした小男が歩いて来るじゃないか、私はこんな男が、あの美しいおっとりとした染之助ではよもあるまいと思って、その男の周囲を探して見たけれども、その男の外には、樽拾い