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とうじゅうろうのこい
藤十郎の恋・恩讐の彼方に
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁
その瞬間、私は居たたまらないような不快を感じて、幕が閉ると、逃げるように小屋を出ました。無論、その干菓子などには、見向きもしませんでしたよ。
そんな事があってから、半月ばかりの間は守田座の木戸を潜らなかったよ、又その中に何となく染之助の舞台姿が恋しくなって来るのですよ。何でもその年の盆興業でした。馬琴の八犬伝を守田座の座附作者が脚色したのが大変な評判で、染之助の犬塚信乃の芳流閣の立ち廻りが、大変よいと云う人の噂でありましたので、私はまた堪らないような懐しさに責められて、守田座の木戸を潜ったのでしたよ。平土間のいつもの場所に坐っていると信乃になった染之助が、直ぐ私を見付けてしまいました。それは、長い間母に別れていた幼児が、久し振りに恋しい母を見付けたような、物狂わしいような、それかと云って、直ぐにも涙が、ほとびそうな不思議な眼付でありました。私は半月も来なかったことが、染之助に対して、何となく済まないように思った位でした。染之助の信乃は、相手の犬飼現八と、烈しい立ち廻りをしながら、隙のあるごとに私の方へ、燃ゆるような流瞥を送っているのですよ。実際の染之助から、こんなに度々、見詰められては、一分も座に居られなかったに違いない私も染之助が信乃になっているばっかりに、何だか信乃の恋人の浜路にでもなったように、信乃