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しゅみのいでん

趣味の遺伝

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《趣味の遺伝(しゅみのいでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 38,235 字 · 77 頁

青空文庫

だから、何でも構わん、旗を振ろうが、剣を翳そうが、とにかくこの混乱のうちに少しなりとも人の注意を惹くに足る働をするものを浩さんにしたい。したい段ではない。必ず浩さんにきまっている。どう間違ったって浩さんが碌々として頭角をあらわさないなどと云う不見識な事は予期出来んのである。――それだからあの旗持は浩さんだ。

黒い塊りが敵塁の下まで来たから、もう塁壁を攀じ上るだろうと思ううち、たちまち長い蛇の頭はぽつりと二三寸切れてなくなった。これは不思議だ。丸を喰って斃れたとも見えない。狙撃を避けるため地に寝たとも見えない。どうしたのだろう。すると頭の切れた蛇がまた二三寸ぷつりと消えてなくなった。これは妙だと眺めていると、順繰に下から押し上る同勢が同じ所へ来るや否やたちまちなくなる。しかも砦の壁には誰一人としてとりついたものがない。塹壕だ。敵塁と我兵の間にはこの邪魔物があって、この邪魔物を越さぬ間は一人も敵に近く事は出来んのである。彼らはえいえいと鉄条網を切り開いた急坂を登りつめた揚句、この壕の端まで来て一も二もなくこの深い溝の中に飛び込んだのである。担っている梯子は壁に懸けるため、背負っている土嚢は壕を埋めるためと見えた。