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しゅみのいでん

趣味の遺伝

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《趣味の遺伝(しゅみのいでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 38,235 字 · 77 頁

青空文庫

壕はどのくらい埋ったか分らないが、先の方から順々に飛び込んではなくなり、飛び込んではなくなってとうとう浩さんの番に来た。いよいよ浩さんだ。しっかりしなくてはいけない。

高く差し上げた旗が横に靡いて寸断寸断に散るかと思うほど強く風を受けた後、旗竿が急に傾いて折れたなと疑う途端に浩さんの影はたちまち見えなくなった。いよいよ飛び込んだ! 折から二竜山の方面より打ち出した大砲が五六発、大空に鳴る烈風を劈いて一度に山腹に中って山の根を吹き切るばかり轟き渡る。迸しる砂煙は淋しき初冬の日蔭を籠めつくして、見渡す限りに有りとある物を封じ了る。浩さんはどうなったか分らない。気が気でない。あの煙の吹いている底だと見当をつけて一心に見守る。夕立を遠くから望むように密に蔽い重なる濃き者は、烈しき風の捲返してすくい去ろうと焦る中に依然として凝り固って動かぬ。約二分間は眼をいくら擦っても盲目同然どうする事も出来ない。しかしこの煙りが晴れたら――もしこの煙りが散り尽したら、きっと見えるに違ない。浩さんの旗が壕の向側に日を射返して耀き渡って見えるに違ない。否向側を登りつくしてあの高く見えるの上に翩々と翻っているに違ない。