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さこく
鎖国
和辻 哲郎
線上閱讀和辻 哲郎《鎖国(さこく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 頁
ワリニャーニがセルケイラたちと共に三度目に日本を訪れたのは一五九八年の夏であって、着くと間もなく秀吉が死んだのであるが、その死に先立って先ず着手したのは奴隷売買問題の解決であった。この問題は秀吉の追放令の中で最も手ひどく教会にこたえたものである。追放令発布の当時クエリヨは、日本人が売るから悪い、そちらで禁止したら好かろうと秀吉に答えたのであったが、ワリニャーニとセルケイラとは、ポルトガル商人に奴隷売買を禁ずる態度を明かにしたのである。この禁令は最初の日本司教マルチネスが既に着手していたが、まだ実現されずにあったのである。これはキリスト教徒としては当然の態度であるが、しかしポルトガル商人の利益を制限する意味において、相当困難な仕事であった。それだけに追放令緩和に役立つ筈でもあった。ついで秀吉の死後には、ワリニャーニは、以前大坂にいたロドリゲスを連れて、禁圧緩和の運動に大坂へ出たりなどした。諸大名には同情者もあり、うまく行くように見えていたが、そのうち関ヶ原の戦争が起り、小西行長の滅亡その他事情の変化で、問題は非常にデリケートになっていた。丁度そこをスペインの宣教師たちが掻き廻し始めたのである。