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あごじゅうろうとりものちょう

顎十郎捕物帳

久生 十蘭

線上閱讀久生 十蘭《顎十郎捕物帳(あごじゅうろうとりものちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 14,028 字 · 28 頁

青空文庫

藤波が、定廻りからのしらせで、下ッ引をひとり連れて、霜柱を踏みくだきながら、息せき切って原の中へ入って行くと、黒羽二重の素袷を着流しにした、ぬうとした男が、こちらへ背中をむけ、駕籠のそばへしゃがみこんでいる。

はッとして、立ちどまって眺めると、案にたがわず、北町奉行所のケチな帳面繰、顎十郎こと仙波阿古十郎。

まるで、匂いでも嗅ぐかのように、駕籠に顔をおっつけていたが、そのうちに、のっそり立ちあがると、日和でも見るように、うしろ手を組んで、ぼんやりと空を見あげている。

藤波はキッと顔をひきしめると、足ばやに顎十郎のそばに進んでゆき悪叮嚀な口調で、

「おお、仙波さん。そこでなにをしておいでです。鳶でも飛んでいますか」

顎十郎は、あん、と曖昧な音響を発しながら藤波のほうへふりかえると、例のとほんとした顔つきで、

「これは、これは、たいへんにお早がけから……」

と言っておいて、ぼてぼてとした冬瓜なりの顎を撫でながら、

「いや、鳶などはおりません。……実はね、駕籠などがふってくる陽気でもないがと思って、いま、つくづくと空を眺めていたところです。……ごろうじ。どうもてえへんな壊れかたじゃありませんか。