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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(三)(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 261,216 字 · 521 頁
と啓之助、今、いつになく生々と顔色をかがやかせた。
「――帰参のかなう日が来たぞ。この、重大なことを安治川屋敷へ知らせてやれば、その功は、おれの前の不始末の罪を償って余りがある。三位卿も孫兵衛も、嫌だって、おれの帰国をとりなさないわけにはゆくまい」
泥の足痕を畳に残して、盗ッ人猫のように台所から出てゆこうとすると、
「アア! もしッ……」と不意に、うしろの押入れで苦しそうな女の声。
「おや」
ふりかえってみると、中から揺すぶる板戸の錠前がガタガタとおどっていた。
「どなた様か存じませぬが、こ、ここを、どうぞ出して……。でなければ、二条千本屋敷の松平様へ、わたくしがここにいることを急いでお知らせ下さいまし」
「あ、いつかの晩、かどわかされてきた娘だな……」とはすぐに分ったが、啓之助の心はもう別なほうへ逸っていた。――と知らずに、戸棚の中の悲しい声が、なおも何事か訴えているまに、かれの姿は、裏の竹藪を駆けぬけていた。
あられのぶッ裂き羽織に、艶の光る菅笠、十手袋をさして、布わらじを穿いている。誰の目にも、一目瞭然たる、その筋の上役人。
勧修寺の池だった。
その役人と配下の者数名が、わらじがけの足をそろえて、池のふちを歩いてくると、こっちへ向って駆けてきた乞食が、ふいと、反対のほうへ戻りだした。