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『てっぽうさへいじ』ついでにもひとつ

たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集【底本画像有】

佐藤 春夫

線上閱讀佐藤 春夫《たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集【底本画像有】(『てっぽうさへいじ』ついでにもひとつ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 23,182 字 · 48 頁

青空文庫

さてそれが何であったかを慥かめる間はなかった。そこで燐寸をすって放り込んでみた。その時、自分の眼を疑ってみずにはいられなかった。

彼の見たものは綺麗に結ばれた女の髷なのだ。どうもそういうものにしか見えないのだ。でもそんな所に、芝居の楽屋ではあるまいし、髷が棄ててある筈はない。

彼は気味が悪くなった。大急ぎで立ち上ったが、その瞬間彼は襟首をズッと撫でられたような気がしたから、反射的に振り返ると今度は正しく彼の顔を撫でるものがあった。

思わず、アと叫ぶと扉を排して駈け出した。彼には何が何だか分らなかった。部屋へ帰って、彼はやっと多少の落付を得たが、彼は狐狸の類にだまされたと考える程単純ではなかった。

でも自分の見たと思うものも、自分の首と頬を触れた感じもこれはどうしても疑えない。彼は同僚をゆり起こした。

眠ぼけていた同僚はしかし彼の話を聴くと、物も言わずに起き上って、用意してある懐中電燈を手に持った。彼は黙って同僚について行った。

彼が先刻見た通りのものは、幻覚でも何でもなかった。これこそこの上なしの現実であった。若い女工が縊死して、その縄は切れたのだ。