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きなだむら
ゼーロン・淡雪 他十一篇
牧野 信一
線上閱讀牧野 信一《ゼーロン・淡雪 他十一篇(きなだむら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 27,321 字 · 54 頁
七郎丸というのは彼の家に伝わる漁家としての家名とそして持舟の名称であるはずなのだが、今では持舟はなくなって家名だけが残っている僕の友達である。――秋になって夜釣りがはじまったら今年こそ是非とも連れて行って欲しい……ということを僕は常々彼に話していたのである。
「折角支度をして来たのに気の毒だったね。」
彼は娘をそっと傍らに退けて僕に、コップの酒盃をさすのであった。
僕は、決して道楽でやろうというのではなかったから、釣りの話になるとあくまでも七郎丸の忠実な弟子だった。――今日は、あんな理由で部屋を飛び出したのであるが、常々七郎丸は仕事に行く時にはこれを着けて行くと好いということを主張していたので、僕もさっきこの身装のテレ臭さの余り娘にああいってしまったのではあったが、勿論、今直ぐ舟を出すからと聞けばこのまま出発するに違いないのである。
「僕はたった今君を探すために君の部屋に行ったところが……」
七郎丸は何か息苦しそうに喉を詰らせて熱い手で僕の手を握った。「ああ、君に遇ってしまったらどう話をはじめて好いやら解らなくなってしまった。」
ふと見ると彼の真ん丸に視張って僕の顔を眼ばたきもしないで見詰めている眼眥から、忽ちコロコロと球のような涙が滾び出て、と突然彼はワッと声を挙げて僕を抱き締めた。