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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
線上閱讀風巻 景次郎《中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 115,977 字 · 230 頁
それが吉野朝の命に従っているので、東は東海道、西は瀬戸内海の制海権はむしろ吉野方にあったためである。こうした政治的・地理的な事実が背景となっていたため、西は九州、東は信州・北陸から関東・陸奥にかけ、常に連絡も取れたし、それに北条氏討伐御計画の頃、護良親王の令旨は全国に飛んでいるので、地方には最後まで吉野朝に味方した豪族が多くあった。こうしたわけで、吉野朝の基礎はなかなかに強固だったのであるが、そのかわり、地方との連絡には、皇族・公卿自ら衝に当られ、軍も督率されねばならなかった。尊良親王・宗良親王・懐良親王・北畠親房・北畠顕家みなそうであった。だから京都の第宅に遊園を愉しむ生活に比べれば、すこぶる荒涼として、艱難辛苦の状は想像に余りがある。それに当時はまだ都会文化は事実上京都だけといってよく、しかもその文化は王朝鎌倉五百五十年の伝統を持っていて、公家の手に生れ、公家の手が承け継いできたものである。吉野朝廷はその本来の都と文化とから離れてかりの行在所を山岳の地に据えられたのであるから、どうしてもその政治行動の理想はその本来の都の奪回ということに向かなくてはならぬ。