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ふたたびかがくてきせいしんについて

再び科学的精神について

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《再び科学的精神について(ふたたびかがくてきせいしんについて)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 11,742 字 · 23 頁

青空文庫

だが之を以て学と実践との統一とか相即とかと思ってはならぬ。実は単に教えの伝承と伝習とが学びであるというにすぎない。而もこの教えの「学び」は権威あるものなのであるから、批判的検討の自由は原則として許されないし、まして実証的な研究に訴えることは許されないか無意味である。批判的検討の自由に基いた思索は、異端か自由思想家の列に這入るほかなく、実証的研究に訴えようとすれば多くの場合宗教批判の形さえ取らねばならぬ。勿論教学の著しい発展期には多少の批判と実証的研究が必ず行なわれる。始皇焚書後の漢代に於ける今文学に対する古文学の功績の如きがそうだが、併しヨーロッパの文芸復興となれば、それ自身すでに「宗教批判」(ドイツ的に云えば「宗教改革」)のカテゴリーに這入って来るのだ。

教学は孔子教乃至儒教で云うように、礼教とも考えられる。つまり既成社会秩序に於ける民衆習俗の設定と保守との道に他ならぬ。ここでは反動的な復古(周公の道への復帰の類)はあっても、進歩的な社会批判は許されなくなる。教学的精神の社会的意義の一端をここに知ることが出来るだろう。

処がこうした権威と習俗との伝承伝習によって、教学は初めて歴史的だと考えられているのである。