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はじめてにしだきたろうのなをきいたころ

初めて西田幾多郎の名を聞いたころ

和辻 哲郎

線上閱讀和辻 哲郎《初めて西田幾多郎の名を聞いたころ(はじめてにしだきたろうのなをきいたころ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 4,030 字 · 8 頁

青空文庫

悲しんだとて還っては来ないのだから、あきらめよ、忘れよといわれるが、しかし忘れ去るような不人情なことはしたくないというのが親の真情である。悲しみは苦痛であるに相違ないが、しかし親はこの苦痛を去ることを欲しない。折にふれて思い出しては悲しむのが、せめてもの慰めであり、死者への心づくしである。そういう点からいえば、親の愛はまことに愚痴にほかならないが、しかし自分は子を亡くして見て、人間の愚痴というもののなかに、人情の味のあることを悟った。人格は目的そのものである。人には絶対的価値があるということが、子を亡くした場合に最も痛切に感じられた。人間の仕事は人情ということを離れてほかに目的があるのではない。学問も事業も究竟の目的は人情のためにするのだ。そういう意味のことが実に達意の文章で書いてある。あれを読んでわれわれは実に打たれた。ああいうふうに人生のことのよく解っている人ならば、あの哲学もよほど深いところのあるものに相違ない。そういう意味のことを岡本保三がわたくしに説いて聞かせたのである。

それは明治四十二年の九月ごろであった。その時までに西田先生の論文は二度ぐらい哲学雑誌に出たかと思うが、一高の生徒であったわたくしたちの眼には触れなかった。