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しょしゅうかいひんき

初秋海浜記

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《初秋海浜記(しょしゅうかいひんき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 3,606 字 · 8 頁

青空文庫

仕事をするつもりで九十九里の海岸に来て、沼や川や磯を毎日飛び廻ってるうちに、頭が潮風にふやけてしまって、仕事はなかなかはかどらず、さりとて東京へ帰る気もしないで、一日一日をぼんやり過してるうちに、もういつしか初秋になっていた。

潮風に頭のふやけた気持は、丁度軽い熱が発したのに似ている。夏の太陽の直射と温風とに、皮膚が赤黒く焼かれると、そのひりひりした熱っぽい感じが、筋肉の内部にまで浸み透って、身体中が熱いぽってりとした重みで意識される。頭もやはり同じである。何とのう頭脳のしんの方が熱っぽく、重くどんよりと濁り淀んで、一切の冴えと敏活さとを失ってしまう。

そういうところに、ふいと初秋の気が感じて、私は眼覚めたような心地になった。初めはただ、葦の茂みをさらさらと渡る凉風だったが、それに気付いて見廻すと、空の色、海の色、蝉の声、虫の声、凡てが秋の気を帯びていた。そして、海浜の松林の中に孤立した旅館では、滞在客がいつのまにか帰り去ってしまって、家の人以外には、私一人置き忘られたように、ぽつねんと居残ってるのだった。

広々とした平地の海浜には、夕方の薄明がない。