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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《剣難女難(けんなんじょなん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 頁

青空文庫

玄蕃は袷支度に、浪人とは見えぬ美々しい大小、緞子の野袴という拵えで、右手に鉄扇を持った風采は、今でも宮津藩の指南番席頭であった時代の面影がないでもない。

「はての? ……」

ふと呟いた玄蕃は、ぴたと足を停めて、編笠の目堰から、じっと何かをみつめだした。

そこは城下第一の御用旅舎、本陣鍵屋の前であった。見ると、店さきに七ツ八ツの菰梱が積んである所へ、福知山松平家の御用札が打ってある。いや、それよりもっと強い力で、玄蕃の眸をやきつけた文字は、別に軒へ掛けだしている「正木作左衛門様御用宿」という一行であったに違いない。

決して愚か者でない玄蕃が、あたら自ら、指南番の栄位を棒に振ったのも、盲目的な中年の恋が因、千浪に意地を賭けたがためだ。しかも、その意地も通らず、桔梗河原でも武名を失墜した憤りは、毒焔の如く、玄蕃に生のある限り胸の底に燃えている。

「大月氏、何を目にとめておられるのだ」

とつれの武士が不審がるのを捨てて、

「一足お先へお越し下さい。身共はすぐ後から追いついて参るから」

と鍵屋の横手へ廻って、そこにいた番頭に、何事かを問いただしていた。そしてまた肩を並べた二人は、やがて城下端れの、佗びしい浪宅へ姿を隠した。