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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
線上閱讀西田 幾多郎《善の研究(ぜんのけんきゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 頁
この状態が実に我々の精神の始であり終であり、兼ねてまた実在の真相である。基督が心の清き者は神を見るといい、また嬰児の若くにして天国に入るといったように、かかる時我々の心は最も神に近づいているのである。純粋経験というも単に知覚的意識をさすのでない。反省的意識の背後にも統一があって、反省的意識はこれに由って成立するのである、即ちこれもまた一種の純粋経験である。我々の意識の根柢にはいかなる場合にも純粋経験の統一があって、我々はこの外に跳出することはできぬ(第一編を看よ)。神はかかる意味において宇宙の根柢における一大知的直観と見ることができ、また宇宙を包括する純粋経験の統一者と見ることができる。かくしてアウグスチヌスが神は不変的直観を以て万物を直観するといいまた神は静にして動、動にして静といったのも解することができ(Storz, Die Philosophie des HL. Augstinus, §20)、またエッカルトの「神性」 Gottheit およびベーメの「物なき静さ」 Stille ohne Wesen といえる語の意味も窺うことができる。すべて意識の統一は変化の上に超越して湛然不動でなければならぬ、而も変化はこれより起ってくるのである、即ち動いて動かざるものである。