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そうせきしとわたし
回想 子規・漱石
高浜 虚子
線上閱讀高浜 虚子《回想 子規・漱石(そうせきしとわたし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 115,187 字 · 231 頁
原因であったろう。次に『ホトトギス』の記事に就ての警告は、消息欄に書いた記事についての非難であった。どんな記事であったか今それを調べて見るのも馬鹿馬鹿しいような事柄であるが、消息は主として同人仲間の消息を漏らすのであったので自然楽屋落ちになることは止むを得なかったことである。子規居士は格別それを嫌いもせず、寧ろそれをよろこぶような傾きがないでもなかった。
「あまり甚だしい楽屋落は困るけれども、少し位はかえって読者にとって興味があるかもしれない。」などと言って居た。子規居士はじめわれらの仲間のものに較べて遥かに後輩である読者などは、先輩としての子規居士やその他同人らの消息を知ることは多少の興味であったに相違ないが、子規居士の同輩である漱石氏などから見たらば、定めし癪に障る記事が多かったろうと思う。殊にその頃のわれらは未だ二十台の若さであったので、大した分別もなく下らぬことを言い合ってよろこんでいたものであった。そんなことが記事になって出るのを見ると漱石氏などは定めて歯の浮くような感じがしたことであったろう。
それから漱石氏が文部省から二年間英国留学を命ぜられて洋行するようになったのは明治三十三年の九月のことであった。