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じょうちゅうのしも
城中の霜
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《城中の霜(じょうちゅうのしも)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,828 字 · 26 頁
左内は十六歳の時、緒方洪庵の許で西洋医術と蘭学を学ぶために大阪へ去った。その別れのとき、香苗は二人きりになった機をみて、――いつぞやは香苗のために危うい目にお遭いなされて申し訳がございません。それまで曾て口にしたことがないので、左内は初めなんのことか分らないようすだったが、香苗があの時の諍いを見ていたのだと語ると、遽かにその頬を染めながら眼を外らした。その表情は逆に香苗を狼狽させた、香苗も自分が耳まで赧くなるのを感じて逃げだしてしまった。
左内はそれから三年目に、父の死を見送るために帰郷し、二十一歳の春江戸へ去った。この二年のあいだに、左内は屡しば喜多を訪れ、兄の勘一郎とよく議論をした。その頃もう彼は父の跡を継いで藩医に列していたが、外科手術とか、種痘とか、解剖とかいう、新しい医術を以て重んぜられ、また種々の西洋医学書を同列の医師たちに講じたりして隆々たる名を持っていた。然し香苗とは親しく語り合う機会もなく、再び学問修業のために江戸へ去った。
三度めに帰ったのは二十三の時だった。この二年の江戸在府中に、彼はその方向を一変していた。藤田東湖と識り安井息軒と識り、更に西郷吉之助と交友を結んで志士としての第一歩をふみ出すと同時に、藩主松平春嶽に見出されて君側に侍し、鈴木主税、中根雪江ら老臣と共に重要な国事に