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よあけのつじ

夜明けの辻

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《夜明けの辻(よあけのつじ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 頁

青空文庫

「小幡藩中のかたか」

と呼びかけた。伊兵衛は身が竦み、喉が干あがって答えることができなかった。

「いずれにもせよ」

と大弐は答がないので続けた。

「後を尾けるのは止めにせられい、大弐一人の首を打つとも、正しき大道を亡ぼすことはできぬ。区々たる藩家の内紛に眼を晦され、人間の踏むべき道を失うとは笑止千万な……お帰りなさい。貴公たちの手に討たるる大弐ではない」

云い終ると、大弐は東寿を促して闇のかなたへ去って行った。

伊兵衛はしばらくその後姿を見送っていたが、急に意を決してその後を追った……東寿の剣に立竦んで、身動きのできなくなった瞬間から、静かな大弐の言葉が終るまでの短い時間に、伊兵衛は根底の知れない一つの感動に襲われていた。それは説明しようもないし自分でも判断しがたい、一種の顛動であった。

東寿の剣は、かねがね聞いていたとおりすばらしいものだった。その身構えから発する妖気とも云うべきものは、たしかに人の心胆を奪う力を持っていた。しかしそれは防いで防げないものではなかった。少くとも伊兵衛には、対等に剣を交えるだけの自信は充分にあった。けれど……その異常な、ものの他に、東寿の全身はもっと大きな、不動のものの上に立っていた。