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だいどうじしんすけのはんせい

大導寺信輔の半生

芥川 竜之介

線上閱讀芥川 竜之介《大導寺信輔の半生(だいどうじしんすけのはんせい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,611 字 · 26 頁

青空文庫

それでもまだ金の足りぬ時はやむを得ず本を売りに行った。けれども売り価は新らしい本でも買い価の半ば以上になったことはなかった。のみならず永年持っていた本を古本屋の手に渡すことは常に彼には悲劇だった。彼は或薄雪の夜、神保町通りの古本屋を一軒一軒覗いて行った。その内に或古本屋に「ツアラトストラ」を一冊発見した。それも只の「ツアラトストラ」ではなかった。二月ほど前に彼の売った手垢だらけの「ツアラトストラ」だった。彼は店先きに佇んだまま、この古い「ツアラトストラ」を所どころ読み返した。すると読み返せば読み返すほど、だんだん懐しさを感じだした。

「これはいくらですか?」

十分ばかり立った後、彼は古本屋の女主人にもう「ツアラトストラ」を示していた。

「一円六十銭、――御愛嬌に一円五十銭にして置きましょう。」

信輔はたった七十銭にこの本を売ったことを思い出した。が、やっと売り価の二倍、――一円四十銭に価切った末、とうとうもう一度買うことにした。雪の夜の往来は家々も電車も何か微妙に静かだった。彼はこう言う往来をはるばる本郷へ帰る途中、絶えず彼の懐ろの中に鋼鉄色の表紙をした「ツアラトストラ」