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あにきのようなこころもち
大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ
線上閱讀芥川 竜之介《大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ(あにきのようなこころもち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,007 字 · 56 頁
何でも始めに前借したのは十円前後の金だったであろう。僕はその金にも困った揚句、確か夜の八時頃に滝田君の旧宅を尋ねて行った。滝田君の旧居は西片町から菊坂へ下りる横町にあった。僕はこの家を尋ねたことは前後にたった一度しかない。が、未だに門内か庭かに何か白い草花の沢山咲いていたのを覚えている。
滝田君は本職の文芸の外にも書画や骨董を愛していた。僕は今人の作品の外にも、椿岳や雲坪の出来の善いものを幾つか滝田君に見せて貰った。勿論僕の見なかったものにもまだ逸品は多いであろう。が、僕の見た限りでは滝田コレクションは何と言っても今人の作品に優れていた。尤も僕の鑑賞眼は頗る滝田君には不評判だった。「どうも芥川さんの美術論は文学論ほど信用出来ないからなあ。」――滝田君はいつもこう言って僕のあき盲を嗤っていた。
滝田君が日本の文芸に貢献する所の多かったことは僕の贅するのを待たないであろう。しかし当代の文士を挙げて滝田君の世話になったと言うならば、それは故人に佞するとも、故人に信なる言葉ではあるまい。成程僕等年少の徒は度たび滝田君に厄介をかけた。けれども滝田君自身も亦恐らくは徳田秋声氏の如き、或は田山花袋氏の如き、僕等の先輩に負う所の少しもない訳ではなかったであろう。