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てんしゅかくのおと

天主閣の音

国枝 史郎

線上閱讀国枝 史郎《天主閣の音(てんしゅかくのおと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 38,941 字 · 79 頁

青空文庫

一〇

そうして是は事実であった。

或夜寝所でお半の方は、宗春に向かってこんなことを云った。

「妾を可愛いと覚し召したら、香具師をお退け下さいますよう」

「何故な?」と宗春は不思議そうに訊いた。

「これということもございませんが、何んだか妾にはあの男が、気味悪く思われてなりません。可く無いことが起こりましょう。どうぞお退け下さいまし」

その翌日のことであった。香具師が宗春へこんなことを云った。

「婦人に御不自由もございますまい。あのご寵愛のお半の方だけは殿、お退けなさりませ」

「何故な?」と宗春は不思議そうに訊いた。

「これということもございませんが、何んだか俺にはあの婦人が変に小気味悪く思われましてな、可く無いことが起こりましょう。殿お退けなさりませ」

宗春に執っては可笑しかった。

「二人で寵を争っているな。アッハッハッハッ莫迦な話だ」

で、歯牙にも懸けなかった。

一〇

春が逝って初夏が来た。花菖蒲の咲く頃になった。庄内川には鮎が群れ、郊外の早苗田では乙女達が、※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)秧の業にいそしむようになった。

間もなく五月雨の季節となった。