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あひるとさる
寺田寅彦随筆集 第五巻
寺田 寅彦
線上閱讀寺田 寅彦《寺田寅彦随筆集 第五巻(あひるとさる)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 194,515 字 · 389 頁
南国の真夏の暑い真盛りに庭に面した風通しのいい座敷で背中の風をよけて母にすえてもらった日の記憶がある。庭では一面に蝉が鳴き立てている。その蝉の声と背中の熱い痛さとが何かしら相関関係のある現象であったかのような幻覚が残っている。同時にまた灸の刺激が一種の涼風のごときかすかな快感を伴なっていたかのごとき漠然たる印象が残っているのである。
背中の灸の跡を夜寝床ですりむいたりする。そのあとが少し化膿して痛がゆかったり、それが帷子でこすれでもすると背中一面が強い意識の対象になったり、そうした記憶がかなり鮮明に長い年月を生き残っている。そういうできそこねた灸穴へ火を点ずる時の感覚もちょっと別種のものであった。
一日分の灸治を終わって、さて平手でぱたぱたと背中をたたいたあとで、灸穴へ一つ一つ墨を塗る。ほてった皮膚に冷たい筆の先が点々と一抹の涼味を落として行くような気がする。これは化膿しないためだと言うが、墨汁の膠質粒子は外からはいる黴菌を食い止め、またすでに付着したのを吸い取る効能があるかもしれない。
寒中には着物を後ろ前に着て背筋に狭い窓をあけ、そうして火燵にかじりついてすえてもらった。