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あひるとさる

寺田寅彦随筆集 第五巻

寺田 寅彦

線上閱讀寺田 寅彦《寺田寅彦随筆集 第五巻(あひるとさる)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 194,515 字 · 389 頁

青空文庫

と言って引っぱり出してくれる悪友であったのである。

「あんま上下二百文」という呼び声も古い昔になくなったらしいが、あのキリギリスの声のようにしゃがれた笛の音だけは今でもおりおりは聞かれる。洋服に靴をはいた姿で、昔ながらの笛を吹いて近所の路地を流して通るのに出会ったのは、つい数日前のことであった。

盛夏の朝早く「ええ朝顔やあさがお」と呼び歩くのは去年も聞いた。買ってくれそうな家の付近では繰り返し往復して、それでも買わないとあきらめて行ってしまったのは昔のことで、今ではやはり裏木戸から台所へはいって来て、主人や主婦を呼び出すのが多いようである。

「ええ鯉や鯉」というのも数年以来聞かないようである。「ええ竿竹や竿竹」というのをひと月ほど前に聞いたのは珍しかった。

こういうふうに、旋律的な物売りの呼び声が次第になくなり、その呼び声の呼び起こす旧日本の夢幻的な情調もだんだんに消えうせて行くのは日本全国共通の現象らしい。

郷里で昔聞き慣れた物売りの声も今ではもう大概なくなったらしいが、考えてみるとずいぶんいろいろのものがあった。その中には子供の時分の親しい思い出に密接に結びついて忘られないものもかなり多数にある。